中国共産党の習近平総書記が、7月22日にチベット自治区のラサを訪問しました。2012年の就任以来初めての訪問となります。国際人権団体ヒューマン·ライツ·ウォッチは、「チベットを訪れるのは習近平ではなく、亡命中のチベットの精神的指導者であるダライ·ラマ出会って欲しい」と述べています。
米国政府系の国際メディアである自由亜州電台の記事から。
中国国内メディアでもほとんど報じられていませんが、習近平総書記がラサを訪問したことを示す写真やビデオが、中国国内のチベット人によって流布されています。
ビデオには、習近平総書記がラサのドシャンにあるチベット服装店を訪れたり、広場で短いスピーチをしたり、通りで多くの群衆に手を振る姿が写されていました。
中央チベット政権駐台湾代表のガサン·ジェンツァン氏によると、習近平総書記のチベット自治区訪問の事前の発表はなく、21~27日にかけてラサ上空の飛行禁止と、ポタラ宮の突然の閉鎖のニュースが、数日前にチベット国内から流れていたそうです。
ガサン·ジェンツァンは、動画で習近平総書記に歓声を浴びせているのは、中国政府の幹部や学生、軍人の代表であることは間違いなく、意図的に歓迎の雰囲気を見せようとしていると指摘しています。
習近平総書記は、6月にもチベット自治区に隣接する青海省を訪れており、2ヶ月続けて中国西部地区を訪問したのは、中国共産党がチベット問題、新疆問題、その他の少数民族問題を緊急に対処すべき問題と考えていることを示していると、ガサン·ジェンツァン氏は述べています。
ガサン·ジェンツァン氏は、習近平が2012年に中国共産党総書記に就任して以来、約10年経って初めてチベットのラサを訪問したことは、中国共産党がチベット全土を高い確度でコントロールしていると確信したことを示している、と指摘しています。
共産党創立百周年記念日の7月1日や、ダライ·ラマの誕生日である7月6日の前夜祭の時も、多くのチベット人が逮捕されたという噂が流れており、 習近平総書記のラサ訪問は、中国政府によるチベット人への更に厳しい、より残忍な取り締まりへの懸念を高めています。
ーーチベットの一国二制度を約束した「17条協定」が反故にされたーー
1951年5月23日、中国共産党がチベットを武力占領したときに、チベット政府に「チベットの平和的解放のための措置に関する中央人民政府とチベットの地方政府との間の協定」(「17条協定」)の締結を強要しました。
しかし、 それから8年足らずの1959年に、ダライ·ラマは約8万人のチベット人を率いてインドに亡命しました。
中国共産党はチベットの高度な自治を約束した「一国二制度」により、共産党は平和的にチベットを解放したと主張していますが、 近年、約120万人のチベット人が不自然に亡くなり、6,000以上の僧院が破壊され、150人以上のチベット人が共産党の暴虐に抗議して焼身自殺をしています。
中国共産党が香港で「一国二制度」を破壊してく姿は、世界中が目撃しましたが、実はすでにチベット自治区で「一国二制度」を破壊していたのです。
中国共産党によるチベット弾圧が本格的になったのは、陳全国が2011年にチベット自治区共産党委員会書記に就任してからでした。
陳全国は、警察関係者の大幅な増員を行い、ラサ市内では500メートルにも満たない間隔で派出所を林立させました。
そして先進テクノロジーを利用したハイテクビデオ監視網を展開し、人工知能やビッグデータなどを駆使することで、監視カメラが自動的に顔認証を行い得るようにしました。
これによってチベット弾圧に成功した陳全国は、2016年には新疆ウイグル自治区共産党委員会書記へと栄転し、新疆にハイテクビデオ監視網を展開し、収容所を林立させて強制労働などの人権侵害を行なっていることは周知の事実です。
欧米諸国の目が新疆ウイグル自治区のジェノサイドや、武漢ウイルス研究所に向いている間に、チベット自治区の完全掌握に動くところは、習近平総書記はなかなかの策士です。
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参考記事
<自由亜州電台>习近平突访西藏拉萨 上任近十年首次
http*://bit.ly/3hXntkP