黄大仙の blog

何にでも首を突っ込みたがる好奇心旺盛なOJISANブログです。

脳梗塞での入院治療の顛末

  皆様の激励のおかげで脳梗塞による右半身麻痺から、無事に社会復帰できました。お礼を申し上げます、ありがとうございます。

 

  同じような症状を持つ方々が早期に発見し、1日でも早く社会復帰できるように、入院治療に至る顛末を記しておこうと思います。

 

 

1)身体の異常に気づくまで。

 

  身体の異常にきづいたのは926日のことでした。この日は午前中にお墓参りに行き、午後からテレビを買いに家電量販店に行きました。

 

  その後、買ってきたテレビを母親の寝室に設置し、ネットに繋げてYoutubeを見られるように設定するまで忙しく動いてました。

 

  夕食後に右脚に力が入り難いことに気づきましたが、朝から忙しく動いていたので、疲れが出たんだろうと軽く考えていました。日頃の運動不足を自覚してたのも、そのように考えてしまった一因でもあります。

 

  入浴中に脚をマッサージし、そのまま就寝しました。

 

  翌27日に起床した時にも、右脚の脱力感は変わらなかったので、まだ疲れが残っているのかと思い、しばらく低周波治療器でマッサージしました。

 

  当然のことですが、右脚の状況が変わるわけもなく、右脚のマッサージを続けるうちに右手も指先に違和感を感じるようになりました。

 

 

 

2)入院に至るまで。

  右手右脚に異常を感じたことで、もしかして脳に障害があるかもしれないと思いつき、ネットで脳神経外科医院を探してすぐに電話をかけました。

 

  電話で症状を説明すると、予約はいらないからすぐに来院するよう言われ、すぐに医院に向かいました。(幸いなことに、医院は家から1km程度しか離れていませんでした。)

 

  問診や触診を受けた後、MRI検査を受けることになりました。ただ残念なことに当日はMRI検査が立て込んでおり、診察からMRI検査まで3時間近く時間が空いてしまい、その間にも右半身の麻痺は進行していました。

 

  MRI検査の結果、脳梗塞と診断され、すぐに総合病院への紹介状を作成してもらい、総合病院に向かいました。

 

  総合病院は医院からタクシーで5分程度のところにありますが、到着した時には午後7時を過ぎていました。

 

  総合病院の救急外来受付に紹介状を提出した時には、右手の麻痺が進んでおり、書類に記入することも満足にできない状況になっていました。

 

  救急外来には私の前に数名の患者がおり、診察を受けたのは830分ごろでした。その後血液検査を受けた時には、右脚には全く力が入らなくなっていました。

 

  血液検査の結果を待っている間に、点滴が始まり、点滴を受けながら驚くべき血液検査の結果を聞きました。

 

  はっきり覚えているのは、血糖値が400近く(確か387)で、HbA1c11%あり、間違いなく糖尿病でした。

 

  ちなみに血糖値が126(空腹時)以上、HbA1c6.5%以上の場合、糖尿病の可能性ありと判定されるそうですが、私の結果は遥かに上を行く数値でした。

 

  血圧も190/120あり、高血圧と高血糖脳梗塞の原因だと説明を受けました。日頃の不摂生による生活習慣病だと言われました。

 

  病室には車椅子で運ばれましたが、ベッドに横たわった時には午後10時を過ぎており、すぐさま4種類の点滴を同時に打たれ、その状態は入院5日目まで続きました。

 

  医師の先生には、「寝たきりになるぞ!」と脅されましたが、両腕に点滴注射を刺された状態で、身動きの取れない状況では、黙って頷くしかりませんでした。

 

  点滴薬については、一通り説明を受けましたが、全部を覚え切れるわけはなく、「血をサラサラにする薬」と「血栓を溶かす薬」と聞いた記憶があります。

 

 

3)総合病院での入院生活

  総合病院では新型コロナの影響もあり、PCRの結果が出るまでは個室にいました。ちなみにワクチンは二回打ち終えてます。

 

  入院翌日の昼にはPCRの陰性が出たので、大部屋に移動しましたが、身体の麻痺の状況は入院時よりも進行し、結果的には入院3日目が麻痺が最も進んでいたように思います。

 

  個室にいた入院2日目からリハビリが始まり、手足の運動機能のリハビリと同時に、記憶力や図形認識力など脳のチェックが続きました。

 

  糖尿病の治療のため、毎食前の血糖値測定と毎食後のインスリン注射を打ってました。

 

  血をサラサラにする薬の効き目は素早く、入院時に190/120あった血圧は、入院3日目には140/90にまで下がっていました。

 

  血糖値は200前後になり、入院14日目にはインスリン注射がなくなり、飲み薬だけとなり、17日目の1013日にリハビリ専門病院に転院することが決まりました。

 

  運動機能については、入院当初は自立歩行不可能、箸が持てないためトングを使って食事をし、握力も左手が33kgに対して麻痺した右手は10kg程度に落ちていました。

 

  入院15日目にようやく自立歩行でトイレに行けるようになりましたが、それまではトイレに行く時は、必ずナースコールをして介助をしてもらってました。

 

 

4)リハビリ病院での入院生活

  リハビリ病院は総合病院から車で5分ほどで、偶然にも最初に診察を受けた脳神経外科医院とは目と鼻の先でした。

 

  入院初日からみっちりリハビリのメニューが組まれ、総合病院でのリハビリのおかげで、立ったり座ったり、物を掴んだりといった基本動作は特に問題なしと判定されました。

 

  後で聞いた話ですが、評価点は126点満点中108点だったそうで、減点されたのは、身体のバランスが取れないことが理由で、左足の片足立ちが37秒できたのに、右足の片足立ちが3秒以下でした。

 

  入院中は、毎日2時間程度の理学療養士によるリハビリが行われ、それ以外の時間は、自主トレとしてベッドの上での筋トレや廊下でのウォーキングをずっと繰り返していました。

 

  自主トレを繰り返したおかげで、理学療養士さんからも目に見えて運動機能が回復していると、驚かれました。

 

  運動機能は順調に回復していましたが、高血糖の治療は芳しくなく、リハビリ病院転院後4日目にはインスリン注射が復活してしまいました。

 

  インスリン注射は退院後の今でも続けていますが、リハビリ病院で血糖値が上がってしまったのは、食事が原因だったと推測しています。

 

  病院食はカロリー制限はありましたが、主食の米が140gもあり、副食は味付けに砂糖がふんだんに使われ、味噌汁の具にジャガイモが使われていることも多く、デザートにバナナが出ることもありました。

 

  米もジャガイモもバナナも糖分が多く、総合病院での食事では米は毎食出ていたものの、副食の味付けは甘味が少なく、ジャガイモやバナナが出ることはありませんでした。

 

  味にうるさいように思われるかもしれませんが、病院食のような超薄味の食事を続けていると、舌の感性が研ぎ澄まされて、ちょっとした塩味や甘味にも敏感になります。

 

  インスリン注射復活時に、「食事の米はいらない、副食が甘すぎる」とクレームをつけたところ、栄養士さんが飛んで来て、医師の指示でカロリーが決まってるから変更は不可能と言われ、医師の先生も糖質を極端に減らすのはかえって危険だと説明を受け、渋々病院食を受け入れました。

 

  高血糖だからと言って、糖質をゼロにするような極端なことをすると、血管にダメージを与えることもあるということは、総合病院でも説明を受けていましたが、リハビリ病院では「低血糖になると目眩がする」と、低血糖を気にしていることには違和感を覚えました。

 

  糖尿病のため、血糖値が下がらなくて四苦八苦してる患者に、低血糖を心配して糖分を摂らせるってどうなんでしょう?

 

  医師でもないのに、病院の治療方針に疑問を持っても仕方ないので、食事は毎回完食し、インスリン注射も打ち続けました。

 

  結果的に入院中は、血糖値は総合病院の退院時の数字に戻っただけでした。ただし総合病院では飲み薬だけ、リハビリ病院では飲み薬とインスリン注射の併用です。

 

  身体の運動機能はかなり回復し、右足片足立ちも15秒以上できるようになり、111日に退院することができました。

 

 

5)退院後のリハビリと糖尿病治療

  運動機能は、体幹の筋力がまだ完全には回復してないとの診断でしたので、退院前に教えてもらった体幹の筋トレを、家で続けることになりました。

 

  糖尿病の治療は、家の近くの内科医院で続けることになり、紹介状を持って近々診察を受ける予定です。

 

  脳梗塞からの社会復帰はできましたが、脳梗塞の直接的な原因となった糖尿病と高血圧は、まだ治療中です。治療の状況をブログで公開し、同じ病気を持つ人の参考にしていただいたり、アドバイスをいただこうと計画しています。

 

  このブログとは趣旨が異なるので、別のブログを立ち上げました。

yellowbigwizard.blogspot.com